大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

中之条簡易裁判所 昭和42年(イ)3号 決定

申立人

工藤清二郎

他三五二名

右申立人三五三名代理人

角田義一

他一名

相手方

豊田香

主文

本件申立はこれを却下する。

理由

第一、申立の趣旨、原因および争の実情

本件申立の請求の趣旨および原因ならびに争の実情は、別紙申立書記載の通りである。〈中略〉

第二、成立を希望する和解条項案

一、申立人らおよび相手方は、別紙物件目録の土地(以下本件土地という)を共有することを確認する。

二、相手方は申立人に対し、相手方の出資にかかる本件土地につき申立人及び相手方の共有とすべく直ちにその旨の所有権移転登記手続をしなければならない。

三、申立人および相手方は、本件土地について五年間共有物の分割を請求してはならない。

四、申立人は、本件土地について利用その他いかなる占有をも行なわない。

五、申立人および相手方は、本件土地について譲渡質入ならびに抵当権および貸借権の設定その他一切の処分をしてはならない。

六、『八ツ場地区に土地をもつ会』が解散したときまたは同会が相手方に本件土地の返還を決定したときは、申立人らは相手方に対し、本件土地について、そのむねの所有権移転登記手続をしなければならない。

第三、本件申立を却下する理由

一、群馬県吾妻郡吾妻川に現に建設省が建設計画中の「八ツ場ダム」の規模は、同省の発表によれば吾妻川の長野原町と吾妻町との略境界附近において、堤高百三十一メートル、貯水量一億七百五十万トンのものであつて、建設の目的は吾妻川流域の洪水調節と都市用水にあり、洪水調節は吾妻川洪水水量毎秒三千九百トンのうち二千四百トンをカットし、都市用水としては毎秒16.5トンを供給するものであり、ダム建設により長野原町の六部落が水没地区の対象となるのであるが、この六部落の戸数は八六三戸、世帯数一、〇二七世帯、人口四、四三九人、この内水没戸数は二〇一戸、二五九世帯、九六一人になり、水没田畑山林の面積は三、三五三ヘクタールと称せられ相当大規模の企画であり、特にその地域社会に影響するところ極めて大である。

のみならず水没地区は、いわゆる吾妻渓谷をなす景勝地域を含み、この渓谷は天然記念物ならびに名勝地として国の指定を受けており、八ツ場ダム建設計画は重要な国の文化財をも犠牲とするものである。

従つて地元住民もダム建設に対しては賛否両論あり、大勢は反対に傾き長野原町議会は昭和四一年二月早くもダム建設反対の決議をなしており群馬県議会は未だ審議未了であることは、当裁判所管内においては周知の事実である。

二、本件当事者は、右八ツ場ダム建設に反対しその実現を阻止する手段として「八ツ場ダム地区に土地を持つ会会則」に従つて、申立人等三五三名が各金三〇〇円宛を、相手方豊田がその所有のダム建設により水没予定地区内にある本件土地原野一畝二一歩(168.595平方メートル)をそれぞれ出資して組合契約を締結した結果、本件土地は当事者全員三五四名の共有に帰したと主張するものである。従つて、本件土地である原野168.595平方メートルに対し組合員三五四名は平等の持分権を有するが故に一人当りの持分は僅か0.476平方メートル(0.163坪)に過ぎず、しかも和解条項案第四項、同第五項により申立人等は、本件土地の利用もいかなる占有をも禁じられて土地本来の使用収益権なくまた一切の処分をも禁じられているのであるから、申立人等の持分権は社会的経済的には全く無価値に等しいといわなければならない。

三、申立人等は、内二七名は長野原町に、一八七名はその他の吾妻郡内の町村に、一二九名は吾妻郡以外の前橋市その他の市町村に、一〇名は長野県その他の群馬県以外に居住するものであつて、八ツ場ダム建設による水没地区には元来何等の権利を有せず、本件当事者中八ツ場ダム建設のために居住権財産権等の直接の侵害による犠牲をはらう者は相手方豊田一名である。前記長野原町居住者二七名を除く三二六名の本件申立人は、現実には八ツ場ダム建設につき直接の経済上の利害得失なく、その恩恵を受けることはあつても損害を蒙ることはない者である。しかもこの申立人三二六名は水没戸数二〇一戸のおよそ一倍半、水没地区人口九六一人のおよそ三分の一の多数に当り、これらの者が本件組合契約により水没地区の土地所有者となるということである。

四、さて本件組合契約が八ツ場ダム建設反対を唯一の目的とするものであり、申立人等の本件土地所有も右の目的のみに基くのであるから、申立人等の本件土地所有権者としての権利行使は、八ツ場ダム反対の目的達成のためにのみなされること明らかである。

八ツ場ダム建設が水没地区住民の多大の犠牲の下になお公共の福祉上必要であるかどうかは、具体的建設計画内容と、その社会的必要性の度合、自然保護重要性の度合、建設に伴う住民の犠牲の度合、その保障の適正の度合等時の社会状勢の大局的見地に立つて具体的諸条件を相関的に総合勘案しなければ、にわかに断定できず、現在予測断定する限りではなく、現段階では、八ツ場ダム建設が絶対反対に価する社会的不正義の企画であると断定することは早計である。もとより社会的影響の極めて大きい企画に対しては、国民として深い関心を持ちその見識に基いて賛否の意思を表明し主張することは各人の自由である。しかし、その手段方法は社会的に相当妥当とみられるものなければならない。

五、およそ権利の行使は、その権利個有の社会的使命を達成させるためでなければならない。土地所有権はその対照範囲の限定された土地を対照とする物件であるから、その権利の行使については、他の権利と異り特に右の要請は一層強度であるといわなければならない。本来、土地所有権は土地の使用収益がその本質であり、その固有の社会的使命は土地の使用収益である。たとえ現在使用収益を目的としないとしても、これが管理処分は所有権本来の使用収益権に関係づけられることによつて所有権行使の使命は達成されるのである。

申立人等が本件組合契約によつて取得される土地の持分権については、前記の如くその土地の利用占有を禁じられ、一切の処分を禁じられているのであるから、申立人等は本件組合契約により名目上は土地所有者であつても、その所有土地については全く使用収益権なく、土地所有権個有の権利を取得することはできない。そして本件組合契約の目的が八ツ場ダム建設反対にあり、ただ単にそのことのみのためのものであり、組合自体としても本件土地の使用収益権なく個有の土地所有権を取得し得ない。そうであるとすると、本件組合契約により申立人等が取得する本件土地所有権は、八ツ場ダム建設反対のための単なる名目上の権利であつて、土地所有権個有の実質的権利は全く取得し得ないと考えられるのである。

前記の通り、申立人等の取得する本件土地持分権は一人当り僅か三〇〇円の出資により、極めて零細でありしかも、使用収益権を伴わず、社会経済的には無価値に等しいものであるから、ダム建設反対のためには申立人等は土地所有権個有の使命を逸脱した権利行使は容易である。

このように申立人等多数の名目上の土地名義人が、ダム建設により水没する地区の土地所有権主体として、ダム建設実施主体と相対し、組合契約の目的に従つて買収を拒否しまたは多額の補償を要求することは、公共的に決定されたダム建設の事業遂行を不当に妨害するものといわなければならない。

このような土地所有権の行使は明らかに権利の濫用である。そして本件組合の目的、その成立の事情、組合契約内容、当事者の権利出資の実情等からして、申立人等がその組合の目的遂行のために右のような権利の濫用が招来されることは必然であり確定的である。

六、或る法律行為が、それ自体としては合法的であつても、その法律行為によつて取得される権利が、その法律行為の目的や取得される権利の態様によつて必然的に権利の濫用に結びつくことが現に確定的である場合には、そのような法律行為は公共の福祉に反し無効であるといわなければならない。

本件組合契約により本件土地の出資は、相手方豊田の自由な意思による土地の処分権に基くのであり、また本件組合の目的が何人にも自由に決定し得る八ツ場ダム建設反対ということであつて、それらの範囲で考えるときは、契約自由の原則によりかかる契約も批難に価せず、不法と言いきることはできないであろう。しかし、その組合契約によつて申立人等が取得する各人の土地所有権の権利行使が、個有の所有権行使の使命を離れて、権利の濫用とみられることが明らかであり確定的であり、またそれ以外には組合契約の目的が考えられない本件においては、そのような組合契約は公共の福祉に反し無効であるといわなければならない。

七、そうであるとすれば、このような無効な組合契約を前提としこれを基礎とする本件申立は不適法であり却下さるべきである。よつて主文のとおり決定する。(長谷川武)

請求の趣旨

別紙和解条項のとおりの和解を求める。

請求の原因

一、(当事者)

申立人らは別紙物件目録の土地(以下本件土地という)を共同所有することによつて、同地上に八ツ場ダムが設置されることに強く反対している者であり、相手方は申立人らの反対の趣旨に共鳴賛同した土地提供者である。

二、(組合契約の成立)

申立人らおよび相手方はかねて「八ツ場地区に土地をもつ会々則」により申立人は各三〇〇円を出資し相手方は、右会(組合)のため本件土地を出資し、申立人および相手方はその共有者となつた。

三、(組合内の権利関係)

右組合契約は、八ツ場地区の土地を共同所有することによつて八ツ場ダムの設置反対の実をあげることを目的とし、実質的に、右の目的を達するため相手方が申立人に対し、本件土地を処分しない義務と対応して申立人が相手方に対し、右の目的達成後本件土地に対する所有権返還義務を負担する関係を基礎としている。(別紙和解条項)

四、(訴訟物)

よつて、申立人らは相手方に対し直ちにその旨の所有権移転登記手続を求め、更に申立人らおよび相手方をもつて構成する「八ツ場地区に土地をもつ会」が解散したとき、または同会が相手方に対し本件土地の返還を決定したとき申立人らの本件土地の所有権移転登記手続を行なう義務のあることを認めるとともに、本件土地の所有権確認およびそのむねの所有権移転登記手続ならびに相手方が本件土地を処分しない義務を本訴によつて求める権利を有する。

紛争の実情

本件契約は、申立人らの共損と負担において犠牲を覚悟して成立したものであり、申立人らは相手方に対し処分禁止義務の厳守を求める利益を有するところ、右義務は共有登記事項でなく、裁判上に義務を確定するほかない。他方、本件は申立人ら多数人との間の関係であるから相手方の法的地位も不安定を免れない。

よつて、本件について訴訟を提起すべきところその前に当事者双方を呼出の上和解の勧告をせられたく本申立に及んだ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例